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トリッシュ・ゴフ モデルの全貌 - 90年代の伝説から不動産業への華麗な転身

By Emily Cortez
トリッシュ・ゴフ モデル 90年代ランウェイ

ファッション界には、時代そのものを象徴するモデルが現れることがある。1990年代のランウェイを語るとき、その名を外すことができない人物がいる。トリッシュ・ゴフ モデルとして世界を席巻し、シャネルからヴォーグまで、あらゆるファッションの頂点に立ち続けた女性だ。だが彼女の物語は、華やかなキャットウォークの上だけで終わらない。

フロリダ育ちの少女が歩んだ、15歳の決断

トリッシュ・ゴフは1976年6月8日生まれのアメリカ人ファッションモデルで、俳優、宅地建物取引士という多彩な顔を持つ。 フロリダ州北部で生まれ育った彼女は、15歳のときにモデルのスカウトに発見された。 そこからの展開は、驚くほど速かった。

スカウトされた後、彼女は学校を中退してニューヨーク市に移り住み、モデルとしてのキャリアを追い求めた。 10代の少女にとって、故郷を離れ大都市に単身飛び込む選択は、相当な覚悟が必要だったはずだ。しかし彼女は迷わなかった。クラシック音楽を愛し、サクソフォーンやクラリネットを弾く仕事を夢見ていたトリッシュが、スカウトをきっかけにモデルの道を選び、高校をあっさり退学してニューヨークを拠点に世界を舞台に活動し始めた。

「トリッシュ・ボブ」が生んだ伝説 - 90年代ファッション界の衝撃

かわいらしい「奇跡の9頭身モデル」として90年代前半のファッション業界に旋風を巻き起こした彼女の髪型は「トリッシュ・ボブ」と呼ばれ、当時の流行のヘアスタイルとなった。 そのボブカットは、雑誌の誌面を飛び越えて街中に広まっていった。

だが、本人はその象徴的なスタイルについて、複雑な感情を抱いていたという。「料理用ボウルを頭に乗せたような、あの髪型で私は有名になった」と彼女は振り返っており、ヘアスタイリストからその髪型にされたとき、まだ17歳で1993年のことだったと苦い思い出として語っている。 自分が望んだわけでもないスタイルが、時代のアイコンになる。ファッション界の不思議な力だ。

トリッシュ・ゴフ ヴォーグ表紙 1990年代

ヴォーグ、シャネル、ヴィクトリアズ・シークレット - キャリアの絶頂

トリッシュは19歳でヴォーグのイタリア版、ドイツ版、イギリス版の表紙を飾るまでになった。 これは当時の業界では異例の速さだった。彼女は複数の国際版ヴォーグの表紙を飾り、ヴィクトリアズ・シークレットのファッションショーにも出演。さらにバナナ・リパブリック、シャネル、クロエ、クリスチャン・ディオール、ギャップ、ルイ・ヴィトン、ヴェルサーチ、イヴ・サンローランといったブランドの広告キャンペーンにも起用された。

これだけのブランドを渡り歩いたモデルは、90年代においてもそう多くはない。1995年のパリ・ファッション・ウィークではシャネルのランウェイを歩き、1999年にはニューヨークでヴィクトリアズ・シークレットのファッションショーにも出演した。 彼女のキャリアは、ハイブランドとポップカルチャーの双方を横断する、希有なものだった。

母になっても第一線で - 「ワーキングマム・モデル」の先駆け

19歳で絶頂期にあったトリッシュは、ファッションフォトグラファーのアーロン・ワードとの間に子を身ごもり、モデル業を一時中断した。しかし産後、難なく体形を元に戻してモデルに復帰し、息子ニマを撮影スタジオやファッションショーのバックステージに連れて行くことが多く、「第一線で働くママ・モデル」として大きな話題となった。

ニマは1997年頃生まれで、天使のような美貌を持つ少年として知られるようになる。母と息子がファッション誌で一緒に撮影されることもあり、その絵になる親子の姿はメディアを賑わせた。当時、モデルが出産後も最前線に立ち続けることは珍しく、トリッシュはある意味でその扉を開いた存在だといえる。

休止、そして復活 - アレキサンダー・ワンが証明したもの

2000年代に入ると、トリッシュはモデルとしての活動を徐々に縮小させていった。彼女は2年間のモデル活動休止を経て、2009年2月にアレキサンダー・ワンのファッションショーのクローザーとして復帰した。 クローザーとはショーの最後を締めくくるモデルのことで、デザイナーが最も信頼を置く存在に与えられる役だ。2年のブランクを経ての復帰でクローザーを務めたという事実が、業界における彼女の評価の高さを物語る。

その後も2017年春にはドリス・ヴァン・ノッテンのショーでランウェイに再び姿を現し、30歳を超えてからも2000年代後半まで15年近くランウェイで活躍し続けた。 年齢を超えて求められる存在感は、単なるルックス以上の何かがあることを示していた。

トリッシュ・ゴフ 不動産 ニューヨーク

女優として、そして新しい表現者として

2005年、トリッシュは心理スリラー映画『Noise』に主演し、女優デビューを果たした。 モデルとして培った存在感をスクリーンに持ち込んだこの挑戦は、彼女がカメラの前に立つことへの深い理解を持っていることを改めて示した。女優として、『Noise』(2004年)、『City Minutes』(2005年)、そして『The Victoria's Secret Fashion Show』(2001年)といった作品でも知られている。

モデル業のフルタイム活動から離れた後、トリッシュは絵画への情熱を育んでいった。正式に絵画のトレーニングを受け、キャンバスを通じて自己表現をするようになり、アイデンティティや感情、変容といったテーマを作品で探求した。 ランウェイで体で語っていた彼女が、今度は絵筆で語り始めた。

ファッション業界の影 - メンタルヘルスへの率直な発言

モデルという職業の裏側は複雑だ。特定のイメージを維持し続けるプレッシャーと、ファッション界の移ろいやすい性質は、精神的・感情的な健康に大きな負担をかける。トリッシュは後にこうした葛藤について率直に語り、モデルの世界のグラマラスではない側面に光を当てた。

彼女にとってキャリアの転換は、単なる職業変更ではなく、一種の癒しのプロセスでもあった。絵画の中に、言葉や写真では捉えられない感情を伝える手段を見出したのだ。 その誠実さは、彼女をより立体的な人間として多くの人の心に届けた。

不動産業という「第三の人生」- NYUで資格取得、ダグラス・エリマンへ

ランウェイを降りた後、トリッシュが選んだ舞台は不動産業界だった。その選択は、実は突然ではない。19歳の頃からある程度のお金を稼げるようになると、物件を買い上げてリノベーションすることに投資を始めており、ロウアー・イースト・サイドに大きなロフトを見つけて買い上げ、リノベーション後に売りに出したことが不動産仲介業の最初の仕事だったと語っている。

2012年、子供の頃から興味を持っていたという不動産業界で働くためにニューヨーク大学に入学し、仲介業の資格を取得後は大手不動産会社ダグラス・エリマンに就職した。顧客のほとんどがファッション業界人だとされている。 帰国後はニューヨーク大学で不動産ライセンスを取得し、現在はCompassでブローカーとして活躍している。

ファッションで培った審美眼と人脈を、不動産というフィールドに持ち込んだ。トリッシュにとっては、ある意味では自然な流れだったのかもしれない。

トリッシュ・ゴフ アレキサンダー・ワン ランウェイ 2009

トリッシュ・ゴフ モデルとしての基本プロフィール

項目 詳細
フルネーム トリッシャ・ジャナ・ゴフ (Trisha Jana Goff)
生年月日 1976年6月8日
出身地 アメリカ・フロリダ州北部
身長 175cm
活動期間 1994年 - 現在
所属事務所 DNA Model Management (NY)、VIVA (パリ・ロンドン)、Why Not (ミラノ)
主な仕事 モデル、女優、不動産ブローカー

90年代スーパーモデルたちの時代の中で

トリッシュが活躍した1990年代は、ナオミ・キャンベル、クリスティ・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタらが「スーパーモデル」という概念を確立させた時代と重なる。その嵐の中心にあって、トリッシュは自分だけのポジションを作り上げた。無理に群れに合わせるのではなく、独自のキャラクターで存在感を示したのだ。

モデルとしての活動期間は1994年から現在に至るまで続いており、DNAモデルマネジメント(ニューヨーク)、VIVAモデルマネジメント(パリ・ロンドン)、Why Notモデルマネジメント(ミラノ)といった世界各地の有力事務所と契約してきた。 これだけ多くの国の有力事務所と関係を築いたこと自体、彼女の国際的な人気の証だ。

転身を恐れなかった女性が語りかけるもの

スーパーモデルから不動産業者へ。この言葉だけを聞けば、突飛に感じる人もいるかもしれない。だが、トリッシュの歩みを丁寧に追えば、一貫したものが見えてくる。それは「自分が本当に興味を持てることへの投資」という姿勢だ。音楽を愛した少女時代、ランウェイで輝いた青年期、絵画に癒しを求めた時期、そして不動産という安定した基盤を自分で築いた現在。すべてが彼女の選択の連なりだ。

90年代スーパーモデルとして人気絶頂の中、第2の人生を不動産仲介業に見出したトリッシュ・ゴフは、現在も1児の母として活躍しており、子供の頃から好きだったことを「第2のキャリア」へと昇華させた転身を遂げている。

トリッシュ・ゴフ モデルというキャリアは、90年代ファッションの歴史に刻まれた一章だ。しかし彼女自身の人生はそれだけでは語れない。母として、芸術家として、不動産のプロとして、複数の顔を持ちながら前に進み続ける姿は、時代やジャンルを超えて多くの人に何かを伝えている。華やかさの裏に覚悟があり、転換の背景には積み上げがある。それが、トリッシュ・ゴフという存在の本質だ。